北方圏センターの歩み
北方圏構想と北方圏センターの設立
昭和46(1971)年、北海道開発の長期的な指針である「第三期北海道総合開発計画」(10カ年)がスタートし、その中に北方圏諸国との交流を目指す北方圏構想が盛り込まれました。
この北方圏構想は、北海道と同じような積雪寒冷の気候風土の中で長い歴史を持ち、高い文化を培ってきた北米、カナダ、北欧諸国などとの交流を通じて、北海道の産業経済や生活、文化の向上を図り、北国の風土に根ざした北海道らしい地域づくりを進めていこうとするもので、これは、開拓以来の中央から持ち込まれた南方志向の発想を、北海道の風土に立脚した北方志向の発想へと、道民意識のドラスティックな転換を求めるものでもありました。しかし、この構想が始動した当時は、「北方圏」の言葉自体が耳新しいものであったうえ、「北方圏」とはどこを指すのかなど馴染みがなく、構想の推進の第一歩は、まず道民に対する啓蒙活動から始められました。
この北方圏構想の推進母体となったのが、三期計画のスタートと同時に設立された「北方圏調査会」であり、翌年1月に内閣総理大臣から社団法人の認可を得て、昭和51(1976)年11月には、北方圏諸国に関する資料・文献等を収蔵する「北方圏情報センター」を併設し、さらに昭和53(1978)年4月には、これらを発展的に改組の上、事務所を北海道庁別館に移転して、現在の「社団法人北方圏センター」が発足しました。以来、北方圏交流を主軸としたシンクタンク機能、データバンク機能、エクスチェンジ機能を持った全国でもユニークな国際交流団体として活発な活動を展開し、冬の生活に対する道民意識の改革や特色ある地域づくりに向け、多方面に大きなインパクトを与えてきました。また、北方圏センター発足後の昭和53年7月には、民間団体等の北方圏交流事業を資金面から支援する「財団法人北方圏交流基金」も設立されました。
地域国際化協会の認定
1990年代に入り、グローバル化の進展は著しく、国際社会の相互依存関係が一層強まるとともに、地域に対する国際協力への要請など、様々な変化が押し寄せてきました。
北方圏センターでは、北海道は日本のどの地域よりも北米や欧州諸国に最も近く、北方圏諸国とアジア太平洋地域との結節点に位置する地域でもあることから、従来の北方圏諸国との交流のみならず、さらに広く世界との交流や協力活動にも力を入れていくこととし、平成7(1995年)年6月、定款の一部変更を行い、活動の拡大を図りました。
それを受けて、平成8(1996)年4月には、国際協力機構(JICA)が開発途上国の技術研修員の受け入れを進めるために設置した「国際センター」(札幌、帯広)の管理運営を受託するとともに、道の技術研修員の受入事業なども担当。さらに、平成10(1998)年3月には、自治大臣(現総務大臣)から「地域国際化協会」にも認定され、北海道の国際化の推進に向け、幅広く多彩な活動を展開してきました。
交流基金等の統合と設立30周年の節目
国から「地域国際化協会」に認定され、新たに北海道の国際交流、国際協力の総合的な役割を担うこととなったことから、平成10(1998)年4月には北海道青年婦人国際交流センターを統合。さらに平成16(2004)年7月には、(財)北方圏交流基金を吸収統合するとともに、平成18(2006)年7月には、(財)北海道海外協会の統合を行い、地域の国際化の推進のために積極的に取り組んできています。
このような中で平成20(2008)年4月には、設立30周年という大きな節目を迎えました。これまでを振り返り、今後の活動につなげるために、全道各地で様々な記念事業を実施するとともに、今後のセンターの活動のあり方の点検・検討に向けた『あり方検討委員会』の設置も行いました。ますます進展するグローバル化時代の中で、北海道の中核の国際交流団体として、世界とのさらなる「交流・発信・連携」に向けて一層の役割発揮をめざしています。
